Twinkle Chaos -02・クリスマス-
「さて、今日はクリスマスイヴなんだけど」
トゥクスに向かって、そう切り出す。
「……ああ、そう言えばそんな日だったっけ」
少しの間があって、そんな返事が返ってきた。
その反応に、少しだけ呆れる。
「今更わかってるつもりだったけどさ……それでも、何か用意できないかな?」
「何かって言われてもなぁ……」
そう言ってトゥクスが考え込む。
まぁ、私も特に期待していたわけではないんだけど。
そもそも、そんなことを言ったら私だって何も用意していないわけだし。
トゥクスもそれは気が付いてるはずだけど、それでもなにやら考え込んでいる。
そうして、首を傾げたまま、
「うーん……他の所だと、サンタ服とかなんだけど……僕には用意できないし」
等と言ってきた。
「……いやまぁ、確かにそれはそうだけど」
私も実際にそんな図を見てるので、頷くしかない。
……って、そうじゃなくて!
「えっと、そういう看板娘としてじゃなくて……ほら、その……」
「ん? 確かに、看板娘と言えるのかどうかも怪しいけど」
「だーかーらー」
自分から言うのも何となく恥ずかしくて、顔を赤くしながら呻いてみたりする。
そうしてみたところで、すでに私が何を言いたいのかはわかられてると思うけど。
「何にしろ柄じゃないって。それに、どうせお互い様でしょ?」
「う……ん。やっぱり、バレてた?」
「まぁね」
こんな会話も、いつものこと。
少しだけ安心もしたけど……やっぱり、物足りない。
本当は、ここに来てくれるだけで嬉しいんだけど……それでも。
「しかし、そんなに楽しみ……だったか、僕も」
黙り込んだ私に、苦笑しながら掛けられた声。
「まぁ、プレゼントはないけど……せめて、出掛けるぐらいはする?」
そう言いながら、伸ばされた手。
突然のことで、たっぷりと10秒ぐらい考え込んで。
「……あれ? どうしたの?」
そんな声を遠くに聞きながら。
さっき言われた言葉の意味を、ようやく頭が理解してくれて。
「あ……うん!」
満面の笑顔で、差し出された手を握った。
「でもさ、クリスマスって結局、キリストの誕生日でしょ?」
何処へともなく歩きながら、トゥクスが言う。
「考えてみるとさ、別にキリスト教じゃない人達が騒ぐのもおかしな話なんだよね」
「……こういう時にまでそういう事を言うかな」
おかげで、ムードも何もない。
「多分、みんな騒ぐ理由が欲しいだけでしょ? クリスマスが確かに特別な日の人達もいるんだし……理由付けには十分でしょ」
それでも律儀に反論してしまう辺りが、いつもの付き合い方を反映している様な気はするけど。
「要は、ただのきっかけか……確かに、これぐらいの事をしようと言う気にはなったけど」
軽くため息を付きながら、トゥクスがぼやく。
「何やってるのかな、僕は。特に気にしてるつもりもなかったのに」
「『ここ』にいたから、じゃないかな」
「ん?」
何となく思ったことを、呟いてみる。
「『混沌』にいたから。あそこはいろんな人の想いが流れ込んでくる場所だから。だから……」
「雰囲気と言うか、想いに流された、か……それもそれで悔しいけど」
「そうかな? 私は……嬉しいけど」
……トゥクスと一緒にいれるから。
もちろん、そこまでは声には出せなくて。
その代わりに、繋いでいた手を強く握り直した。
「…………」
「…………」
それきり無言で、だけど不快ではない静寂の中を歩き続けていた。
道を歩く。
『ここ』から繋がる道。
別の場所へ。
他の人の『家』へ。
全ての人が、特別な日を楽しんでいるわけではないけれど。
2人で歩く道は楽しくて。
いつもと変わらない景色でさえ、違う物に見えて。
結局は、散歩しただけだったけど。
それでも、ただそれだけの時間が嬉しかった。
「……さて、と。どうだろ?」
また『混沌』に戻ってきてから、トゥクスが呟いた。
「ん?」
私もつられるように声を上げながら、目の前に現れた物を見る――見上げる。
「わぁ……これ、クリスマスツリー?」
一体、どこにこんな物があったのか。
目の前には、大きなクリスマスツリーらしき物があった。
2人がかりでも抱えきれないような大きな幹が真っ直ぐに延びて、上の方では緑の葉っぱの上で7色の光が舞っている。
更に、枝の部分にはご丁寧に靴下や星がぶら下げられ、雪に見せかけた綿まで置かれていたりする。
……飾り付けの大きさが、木の大きさと比べると明らかに小さかったりはするけど。
「……これはこれで、何か違う気もするんだけど」
「あ、やっぱり?」
トゥクスは苦笑しながら、ツリーの幹にもたれかかる。
「さすがに即興だからなぁ……まぁ、これはこれでいいかな、とか思ったのも事実だけど」
「即興って……これ、いつ作ったの?」
気になって、訊ねる。
さっきは、何も用意してないって言ってたわけだし。
「ん? 今だけど?」
「……今?」
さらりと言った内容がさすがに信じられなくて、もう一度見上げる。
この位置からだと、一番上を見ることは出来ないぐらいの高さ。
確かに所々歪んでいたりして、誤魔化してあるような感じはあるけど。
「……よくやるね。さすがに大変でしょ?」
「なんだけどね。誰かがプレゼントを強請ったりするから」
「……え?」
誰か……それは、明らかに私のこと。
「それだけのために……?」
つい、そんな言葉が漏れる。
だって、これだけの物を作るって、それなりの労力が……。
「まぁ、手抜きだし。実際は、期間限定だからいつもよりかなり楽なんだよね」
「…………」
その言葉を聞いて、一気に気持ちが下がる。
「はぁ……今の一言は余計だと思うよ」
「だって、後でばれると余計に怒られるし」
「だけどさぁ……少しぐらい、ムードとか考えてくれても」
「ムードねぇ……そう言われても……」
そうしてまた、静寂が訪れる。
……今日は微妙に噛み合っていない気がする。
その原因が何にあるのかはわからないけど。
(特別……と言えば、特別だったのかな)
なにか納得の出来ない結論を出しつつ、ゆっくりと、トゥクスの横でツリーにもたれかかった。
――ひらひらと、光が舞い降りる――
「……雪、だ」
「え?」
トゥクスが驚いてそれを見る。
「この場所で雪なんて……別に、用意もしてないのに」
ただ、呆然と。
それを横目に見ながら、引かれるように手を伸ばす。
それは、手のひらに触れると、すぐに溶けて――
「あったかい……?」
でも、冷たくはない。
むしろ、心地良いあったかさで。
気持ちまであったかくなるような、そんな感覚。
「何だろ……これ」
「……かけら?」
横で同じように手を伸ばしたトゥクスが、呟く。
「……だな、多分。この辺をちょっと歪めたせいで、想いのかけらが結晶化したんだと思う」
「そんなこと、あるものなの?」
そう説明されても、正直、半信半疑だ。
少なくとも、今までずっとここにいて、一度も見なかったわけだし……。
「僕も初めて見るけど……実際に起きている以上、あり得るんじゃないかな」
そう言いながら、トゥクスも未だに信じられないような顔をしてはいるけど。
「今まではこれだけ大規模な歪みを作ったことはないし……ああ、それに」
自分で説明しながら、急に納得したように頷いて、言葉を切る。
「それに?」
「今日は特別な日だからね。みんなからのクリスマスプレゼントって所かな?」
続きを促した私に、笑顔でそう返されて、
「……そう、だね」
その想いの欠片を抱きしめるように、静かに目を閉じた。
「……と、そろそろ時間切れかな」
そんなことを言って、トゥクスが木から離れる。
私も少しだけ違和感を感じて、木の方に目を向けた。
「木が……光ってる」
微かな光ではあるけれど、確かに木から光が放たれていた。
その光はやがて強くなって、白い閃光となって私達を包み込む。
だけど、不快な感じは全くなくて。
文字通り包み込むような、あったかい光。
その光も、細かい粒子となって崩れていく。
「終わり……かぁ……」
その光景を見て、つい、そんな言葉が漏れる。
この、作り物のツリーも。
さっきから降りつづいていた雪も。
本当に特別だった今日も。
これで終わって、これからはまた、いつも通りの日々が流れていく。
ちょっとだけ寂しくて、でも、ちょっとだけ嬉しくて。
そんな、不思議な気持ち。
そんな余韻に浸りたくて、そのまま立ち尽くす。
「…………」
「…………」
トゥクスも同じ気持ちなのか、そのまま無言で立っている。
心地いい静寂の中で、ただ、
――まだ、特別な時間は終わらない、か――
なんて事を思っていた。