夢と現実と


 そんなことを言うつもりは、全くなかった。
「それって……どう言うこと?」
「いや……だから……」
「私が……【イナーポート】?」
 それは、ずっと隠してきたことで。
「嘘……じゃないよね」
「いや、冗談だ」
「それが嘘、だよ……これでも、ずっとまぐにと一緒にいたんだからね」
 無理に笑った表情のまま、目の前の少女が言葉を紡ぐ。
「そう……ずっと一緒にいたんだよ……」
「……おい、オマエ……?」
 だけど、そんな笑顔が続くはずもなくて。
「なのに……どうして……っ!」
「……おいっ!」
 少女が、オレに背を向けて走り出す。
「待て! 落ち着けっ!」
 叫ぶオレの言葉は届かなくて。
 追いかけようとした体は動かなくて。
「……涼璃っ!」
 名前を呼ぶ声にも返事はなくて。
 ただ、オレだけがそこに取り残されて。
「すず……り……」
 もう一度呟いてみても、言葉が返ってくることはなくて。
「涼璃……」
 ただ、その場に崩れ落ちる。
「オレは……オレは……」
 だんだんと視界が歪む。
「オレは………」
 そして――意識が、闇へと引きずり込まれた。


「……涼璃っ!」
 そう叫んだ、自分の声で目が覚めた。
「うわっ!」
 そして、少し遅れて、悲鳴のような声が響く。
「……え?」
 声がした方を見ると、見慣れた……本当に見慣れた少女が、驚いた顔でこちらを見ていた。
 かと思うと、すぐに心配そうな顔でオレの顔を覗き込んでくる。
「まぐに、どうしたの? さっきまで、うなされていたけれど」
「いや……」
 頭が混乱していた。
 さっきまで見ていた光景が脳裏を過ぎる。
 でも、それから今の状況に繋がらない。
 ……オレが、うなされていた?
「……夢、か?」
 やっと、その状況を繋ぐための言葉を見つける。
 ただ、その言葉を実感することは出来なかったが。
「大丈夫……だよね?」
 そっと体に触れてくる少女。
 それは、優しくて……心ごと、包み込むようで。
 そこで初めて、さっきまでの光景が夢であることを認識する。
「……ちょっと、嫌な夢を見ただけだ。すまんな、心配かけて」
「そう……よかった」
 オレが軽く笑いかけると、やっと、少女も安心したような笑顔をのぞかせた。
(まさか、コイツに励まされることになるとはな)
 ずっとサポート役として一緒にいる身として、少しだけ恥ずかしくなる。
 それだけ少女が成長した、と言うことでもあるんだろうけど。
「でも、【イナーポート】も夢を見るんだね」
 何気ない、話題の転換。
 多分、俺のことを想って、だろう。
 ……正直、今の状態であまり触れたい話題でもないのだが。
「……まぁな。【イナーポート】でも、腹は減るし眠くもなる。オマエと同じかはわからないが、夢だって見る」
 なんとか、普通に受け答えをする。
(そうしないと、本当はオマエが【イナーポート】だって事が、すぐにわかっちまうからな)
 そう思っても、言葉にはしない。
「あ……でもでもっ」
 『オマエと同じで』の部分で気が付いたのだろうか、少女が慌てて言葉を付け加える。
「たとえ【イナーポート】でも、そうじゃなくても……私にとってまぐには、大切なお友達だからね」
 いつも言われていること。
(……もし、オマエが本当のことを知っても……)
 その言葉を聞いて、いつも思うこと。
 だけど……。
「……ありがとな」
 今のオレには、その言葉がとても嬉しかった。
 今だけは……もし、この少女が本当のことを知っても、大丈夫のような気がした。
「……どうしたの?」
 いつもと違う返事に、首を傾げる少女。
「ほっとけ」
 オレはただ、そう答えるしかなかった。

 そうこうしていると、通信が入った。
 この回線は……。
「お、アイツが来るみたいだぞ」
「はい、ご主人様ですね」
 同じ通信が入ったのだろう、少女が満面の笑みを浮かべる。
「いつも思うんだが、あいつに会えるのがそんなに嬉しいか?」
「うん。えへへ〜」
「いや、『えへへ〜』じゃなくて」
 そんな少女を見ながら、ふと思う。
(アイツは……オレ達のこと、どう思ってるんだろうな)
 一応、聞かれただけのことは話してある。
 オレのこと、少女のこと、【イナーポート】、【エクスポート】、……。
 意外と物知りのようで、オレ達が言った覚えがないような言葉さえ聞かれた物だ。
 それでも……。
(……気にすることじゃ、ないな)
 アイツは、それだけ色々なことを話してもまだ、オレ達を呼んでくれる。
 つまり……アイツも、オレ達がどんな存在であっても受け入れてくれる、そんな人だって事だ。
 だったら……今はそれでいい。
「どうしたの、まぐに。せっかくご主人様と会えるのに」
「いや、ちょっとした考え事だ。もう終わった」
「そう? だったら、笑顔で出迎えようね」
 そう言いながら、いつもどおりの笑顔を浮かべる少女。
「だな」
 今は、余計なことを考えていても仕方がない。
 ただ、いつものようにアイツの前で喋っていれば、それでいい。

 ――そして、オレ達の周りが、広い空間へと接続された。

「おはようございます。ご主人様」
「おはようさん」

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