白の焔


 空を見上げた。
 青い大地に、白い焔。
 ゆったりとした風に吹き散らされ、形を変えて流れていく。
 小さく、バラバラになっても、また新しい炎が生まれ。
 延々と、終わることなく続いていく。
 そんな風景を、ずっと見ていた。

 少しだけ肌寒い風が吹き抜ける。
 遠い空と同じ、透き通った風。
 届かないはずの場所と同じ風。
 それだけのことで、そこに行ける気になって。
 遥かへ伸ばした手は空を切る。
 そこに絶対の隔たりを残したまま。

 聞こえるのは風の音。
 そして、小さな虫の声。
 つられるように視線を落とす。
 それでも、ずっと遠くに映る街並み。
 今まで過ごしてきた日常。
 流れてきた時間。
 その全ても、小さく思えて。
 見えないように、もう一度空を見上げる。

 ――見上げた空が、歪んでいく――

 その空さえも見えないよう、ゆっくりと目を閉じた。


 目を閉じれば、そこは闇。
 瞼をすり抜ける僅かな光だけが、網膜を焼く。
 それでも、その光に照らされる物はなくて。
 ただの『無』が目の前に広がる。
 少しだけずれた、世界の裏側。
 常に隣り合わせな、暗闇の世界。
 だけど、恐くはない。
 いつでも、戻ってこれるから。
 そして、その間だけは全てを『無』に出来るから。

 それでも、頬を熱い物が伝う。
 何もないはずの世界で、なおも確かな感触。
 『無』の中でも、消して切り離せないもの。
 この世界でたった1つだけ、確かなもの。
 この世界を作った、自分自身。
 それを感じて、目を開けた。


 始めに映ったものは、青と白。
 目を閉じる前と、何も変わっていないような風景。
 実際には流れているはずの焔も、結局は見分けがつかなくて。
 何も変わらない世界。
 その中のちっぽけな自分。
 それでも、そこに存在する自分。
 それだけは確かに感じて。
 また目を閉じれば、その感覚をすぐに思い出せるから。

 また、風が吹き抜ける。
 さっきと同じ、少し肌寒い風が、優しく頬を撫でていく。
 風の温度は変わらないはずなのに、それは少しだけ暖かく感じた。
 それがもし幻想だったとしても、信じたかった。

 ――それだけのことで、変われるのならば。

 実際には多分、何かが変わったわけではない。
 またきっと、ずっと同じ様な時間が流れていくんだろう。
 ただ、それでも。
 全てが同じわけではなくて。
 確実に、時は流れて。
 そして、少しずつでも何かが変わっていく。
 そんな日常の中に、自分はいるから。

 ――いつかは、変わった自分を誇れるように。

 それだけの願いを、胸に刻んで。
 もう一度、歩きだそう。
 けして消えない、あの焔のように。

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