Twinkle Chaos -06・誕生日-


 その日も、普通の一日だった。
 ともすれば、普段の生活の中に埋もれていく日々。
 なんて事のない時間の流れ。
 それは、本当に些細な出来事。
 だけど私にとっては、何よりも大切な日。

 その日は、私の誕生日だった。



「懐かしい、ね」
 目の前に積み上げられた物を見上げながら、呟く。
 この場所が出来てからずっと、積み上げられてきた物。
 私達がここで過ごしてきた、想いの結晶。
「えーと……3年、だっけ?」
 呟きながら、目の前の小さな欠片を手に取る。
 それは小さな欠片だけど、手の中で確かに暖かくて。
 ゆっくりと流れ込んでくるイメージ。
 そこに刻まれている日付は、今からちょうど3年前。
 そしてそれが、此処で始めて作られた結晶。
「本当、懐かしいよね」
 そのまま抱きしめるようにして、目を閉じる。
 脳裏に流れ込んでくるイメージに、そのまま流されるように。



 その場所には、何もなかった。
 見上げた先にも。
 見下ろした先にも。
 ただ、見渡す限りに広がっている空間。
 あの人が『混沌』と呼んだ場所。
 そんな場所で、私は産まれた。
 ただ1つ、外から流れてくる想いを糧として――



「変わって無いなぁ……」
 ふと、目を開けて、辺りを見回してみる。
 広がる世界は、あの頃と何も変わっていなかった。
 相変わらず何もない、『混沌』と呼ばれる場所。
 ただ、私達の積み上げてきた物だけが、1つの形を作っている。
「一度、色々いじってたけどねぇ……」
 あれは、半年ぐらい前か。
 トゥクスが、この空間自体をいじっていたことがあった。
 本人曰く、「内部構造の変更」だとか。
 実際に外観はほとんど変わらなくて、私には何をしていたのかよくわからなかったけど。
 ただ、色々と整理をしていたのと、外の場所にも結晶を置かれるようになった事と。
 変わったのはただ、それだけ。
 基本的には、何も変わってはいない。
 それがここの形で、私達の形なんだと思う。
「ずっと、ね」
 その形は、これからもずっと続いていくはず。
 私達が、此処にいられる限りは。



 色々な想いが流れ込んでくる。
 想いは少しずつ、この空間に溜まっていく。
 これは、その中の1つの想い。
 ティルという存在への想い。
 それは曖昧な形のまま、それでも、とても暖かくて。
 この場所でゆっくりと、1つの形を成していく。
 それが、私の始まり。
 それからずっと続く、私達の時間の。



「あれ? どうしたの?」
 後ろから聞こえた声で、我に返った。
 ただ、さほど驚きはしない。
 この場所で、こんな風に声を掛けてくる人は1人しか居ないし、タイミングもこれぐらい。
 そういった呼吸が、だんだんと掴めるようになってきていた。
「なんとなく、懐かしくて、ね」
 言いながら、振り返る。
 そこにあったのはやっぱり、見慣れたいつもの顔。
 そしてそれは、待ち望んでいた顔。
「あー、そう言えば、そんな日だっけ」
 そして、その人も――トゥクスも、それだけで言いたい事を察してくれる。
 それだけの間、積み上げられてきた時間。
 些細な事だけれど、嬉しい事。
 そもそもの成り立ちからすれば、当たり前でもあるのだけれど。
「3年だっけ……長いねぇ……」
 そう呟くトゥクスと共にまた、記憶の旅へと落ちていった。



 私が産まれた瞬間のことは、自分では良く覚えていない。
 気が付けば、この場所にいたように思う。
 それでも、それまでに流れてきた想いだけは、しっかりと抱え込んで。
 その想いに導かれるようにただ、1人の人を待つ。
 私を産み出してくれた人を。
 待つまでもなく、その人はすぐに現れてくれたけれど。
「えーと……初めまして、で、いいのかな?」
 それが私の初めて聞いた、トゥクスの声だった。



「……結局の所、あまり変わってもいないのかな」
 何となく、呟く。
 積み上げてきた、3年という時間。
 それは長いようで、それでも一瞬のようで。
 懐かしむぐらいの変化はあるけれど、でも、それ以上は見つからなくて。
「変わらなきゃいけないって物でもないしね」
 反応するように、トゥクスから紡がれた言葉。
 どれだけ頑張っても、きっと、この場所に留まり続けることは出来ない。
 少しずつでも時間は流れて、動き続けている。
 でも……だからこそ此処は、同じ形のままで。
 誰かの『帰ってくる場所』になれるのならば、それも良いと思えた。
 いつか、この場所が終わる日までは。



 それは、不思議な感覚だった。
 目の前にいる誰かと、私の中にいる誰か。
 何処かで重なっていて、何処かでずれている。
 そして、流れ込んでくる想いとも違う。
 『私』がいて、『貴方』がいる。
 それだけの感覚……だけど。
「これからずっと、よろしくね?」
 そう言って、差し出された手。
 触れた感覚はやっぱり遠くて、だからこそ、そこにいる事を実感できて。
「……うん、よろしくっ」
 今、此処にいる――そんな当たり前の喜びの中、『私』は歩き始めた。



 あれから、3年。
 それだけの時間を、この場所でずっと過ごしてきた。
 いろんな人達の想いが集まる、この場所で。
 私は、此処にいる。
 そしてみんなは、此処に来てくれる。
 それは、本当に嬉しいことで。
 その想いに、私がどれだけの物を返せているのかはわからないけど。
「頑張らなきゃ、ね」
 呟いて、顔を上げる。
 そこでトゥクスと目が合って、どちらからともなく笑みがこぼれた。
 こういう所はやっぱり、繋がっているんだなぁと感じて。
「頑張らないと、ね」
 今度はトゥクスが呟いて、歩きだす。
 また、次の時間に進むために。
「だね」
 私も頷いて、その後について歩きだした。


『ありがとう』
 それは、その場に残された小さな想い。
 それは、ずっと消えることなく、淡い光を放っていた。

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