Twinkle Chaos -05・クリスマス-


 雪が、降っていた。
「……え?」
 『ここ』では、降るはずのない、雪が。
「あの時以来……かな」
 以前『ここ』で見せてもらった風景が脳裏を過ぎる。
 けれど――そう、見せてもらったのだ。
 けして『ここ』では自然に降るはずのない、白いかけら。
「……なんなんだろう?」
 手で受け止めたかけらは、あの時と同じようにあったかくて。
 なのに、何故か嫌な感じがして。
「また、トゥクスがなにかしてるのかな……」
 無意識に呟いて、自分を納得させる。
 もう、そんな季節だから。
 やがて雪は止み、その先にあるのはいつもの風景。
 それは、今までと何も変わらない風景。

 ――少なくともその時は、そう信じていた。



 そして、次の日。
「雪、降らせた?」
 トゥクスに会うなり、そんな質問をぶつけてみた。
「……え?」
「だから、雪」
 重ねて問いかけても、トゥクスは不思議そうに首を傾げるだけで。
「……降ったの?」
「うん。昨日、別れてから」
「そう……」
 やがて、真剣な顔をして考え込む。
 それは、私もほとんど見たことがない表情で。
「……トゥクス?」
「あー……うん、問題ないとは思うんだけど」
 軽く首を振ってから、見慣れた表情に戻った。
 だけど、口調だけは沈んだままで。
「えっと……去年の雪、覚えてるよね?」
「うん。原理の話も」
 そう、作られてしかあり得ない、想いの結晶――
「だったら話は早いんだけど……心当たりがないんだよね」
「……え?」
 『ここ』に居るのは、基本的に私とトゥクスだけ。
 その2人とも、心当たりがないという事は。
「意図的に降らせてないのなら、無意識に反応したのか……もしくは、他の誰かが降らせたのか」
「やれるものなの?」
 少なくとも、今まではなかった……はずだ。
 あくまで私達が『管理』していた場所なのだから、そういうことがあったのならわかるはず。
 と言うかそもそも。
「やれないことはないだろうけど……やる意味もないよね、こんな所」
「確かになにもないけど……自分でそこまではっきり言う?」
 私もそう思いはしたけど、さすがに口には出せなかったのに。
 でも、トゥクスは気にしたふうもなく続ける。
「事実は事実だし。まぁ、そんな感じだから多分、大したことじゃない、かな?」
「ならいいけど……あ」
 そのまま勢いで納得しかけて、気付く。
 重要なことを聞き忘れていた。
「それで、結局トゥクスはなにもしてないんだね?」
「してないよ。今のところは、ね」
「……そっか」
 そしてそれきり、会話は途切れた。


 今はもう12月。
 長いようで短い1年が、もうすぐ終わる。
 終わりに向かい、その先の始まりを目指し。
 急ぎ足で収束していく時間の中で。
 1つだけ、楽しみにしていたこと。
 なのに――

「……はぁ」
 見えないはずの空を見上げ、溜息をつく。
 あれからまた、幾度と無く雪が降っていた。
 そしてまた、今日も。
「大丈夫、なんだよね?」
 今はいない人に向かって呟く。
 トゥクスは相変わらず大丈夫だろうって言うけど、さすがにこれだけ降りつづくと不安になる。
 それにだんだんと、雪が激しくなっている様な気がしていた。
 本当に少しずつ、だけど。
「この分だと、今年もホワイトクリスマス、かな」
 『ここ』では珍しいはずの風景。
 1年越しの奇跡。
 だけど、素直に喜ぶことは出来なかった。
 この雪が『濁った』雪に感じることも、だけど。
「これはこれで綺麗なんだけど……」
 ただ、それでも。
 そんな綺麗な風景よりも、たった1つ。
 ただ、あの人と。
 出来るのならほんのちょっとだけ、特別な日を。
 それは、ただのわがままなのかも知れないけど。
 それでもただ、それだけを願う。

 願うほどに強くなる雪に、気が付くこともなく。


 雪が降っていた。
 なにもない『空』から、なにもない『大地』へと。
 ほんの小さな想いを込めた、ほんの小さな白い結晶。
 しかし誰1人、込められた想いに気付くことなく。
 吹きもしない風に揺られ、舞い踊るように。
 ただ静かに『混沌』より生まれ、『混沌』に還る。
 それだけの、儚い流れを繰り返して。

 いつか、込められた想いが、解き放たれるまで。


 すぐに、その日はやって来た。
 12月24日。
 クリスマス・イヴ。
 ……何故かその日は、白い世界のままで。
「……積もってる?」
 今まで、残ることなく地面に吸い込まれていた結晶。
 それが幾つも積み重なって、見えない大地を覆い尽くしていた。
 踝まで届かない程度に薄く、ではあるけど。
「どうしたんだろ?」
「いや、これは僕がやったんだけど」
 無意識に問いかける声に、すぐに返ってくる聞き慣れた声。
「わっ……って、トゥクス?」
 見ると、いつの間にかすぐ近くにトゥクスの姿。
「結局、僕は雪を見れなかったから。こうして溜めてみれば、何かわかるかなって」
 そう、あれだけ降っていた雪も、何故かトゥクスは見ていなかった。
 私1人の時に、私の周りにだけ降っていたらしい。
 確かに、だから原因の特定が出来ない、とは言っていたのだけど。
「それで、わかったの?」
「あー……うん。と言うか、大体予想も付いてたんだけど」
 苦笑にも近い表情を浮かべながら、トゥクスがしゃがみ込む。
 そして薄く積もった雪に手を伸ばすと、その部分の雪が溶けるように消えた。
 いや……よく見ると、トゥクスの周りだけ、積もっているはずの雪が無くなっていた。
「つまりはこういう事なんだけど……これだけじゃわかんないよね、多分」
「……さすがに、ね」
 と言うより、今何が起きたのかもよくわかっていない。
 今のだって、ただ単にトゥクスが消したようにしか――
「雪は、歪められた想いの結晶。だから、その想いが誰かに届けば、取り込まれて消える」
 急にトゥクスが雪の説明を始める。
「う……ん」
 戸惑いながらも頷いて、先を促した。
「もしくは、その想いが叶っても、消える。届いたのと同じ事だからね」
「そう……だね」
 と言うことは、トゥクスの周りの雪はその役目を果たしたから、消えた。
 そう考えると――
「つまり、この想いは僕に向けられた物で……ただ、一緒にいればよかった。そういう事」
「……その、想いって」
 それは、私が願っていたことで。
『無意識に反応したのか……もしくは、他の誰かが降らせたのか』
 ふと、トゥクスの言葉が思い出される。
 あの時は、他の誰かなんだって思ったけど。
 そうじゃなくて……単純に……
「……私?」
 それだけの、事だった。
 ただ、私がそれを願ったから。
 行き場の無かったその想いが溢れて、歪んで。
 私が望んだはずなのに、私が1人で不安になって。
 その結果、更に雪が強くなる。
 それだけの悪循環。
 なんとなく、笑いたくなって、
「さて、問題がわかったところで」
 トゥクスの声に、顔を上げる。
 いつになく、軽い声だった。
「今日はクリスマス・イヴなんだけど」
「……え?」
 そのまま続けられた言葉に、動きが止まる。
 確かにそれはそうなんだけど……繋がりが見えない。
 けれど、トゥクスは気にもせずに続けた。
「せっかくだから、パーティーでもしようか?」
「……あ」
 それは、ちょっと特別なことで。
 それは、望んでいたことで。
「……うんっ」
 私はただ、満面の笑顔で頷いていた。

 それから、ほんの数分後。
 すでに、パーティーの準備は終わっていたりする。
 2人だけの、ささやかなものだけど。
「で、用意してたんだよね、これって」
「そうだよ」
 ささやかとは言っても、飾り付けやら料理やら、一通りは準備されていて。
 2人きりと考えるのなら、むしろ豪勢とさえ言えた。
 どう考えても、その場で用意できる物ではない。
「こんな事聞くのもなんだけどさ……どうして?」
 トゥクスが自分からここまでするのは初めてだったと思う。
 大抵の場合は、私から強請っていたから。
 ……1度だけ、私の方から準備をしたことはあったけど。
「……まぁ、色々あるけどね。雪の事もあるし、最近何もしてなかったなって事もあるし」
『大体予想も付いてたんだけど』
 確かにさっき、そう言ってはいた。
 それに、半年ぐらいイベントがなかったのも事実。
 だけど、聞きたいのはそんな言葉じゃなくて――
「でも……たまにはこういうのもいいんじゃないかなって思ったのが、最大の理由だよ」
 それが、聞きたかった言葉で。
「…………」
 一瞬、動きが止まる。
 それは、いつもからは想像も出来なくて。
「ん? どうかした?」
 それでも、耳に届くトゥクスの声は、きっと現実で。
「……そっか、うんっ」
 なんとなく納得して、笑う。

 ――だって今日は、特別な日だから。

「それじゃ、せっかくなんだから」
「精一杯楽しまないと、ね」

 ――少しだけ、いつもより近づいた心を感じながら。

『メリークリスマス!』

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