Twinkle Chaos -04・七夕-


「ふぅ……」
 なんとなく、ため息が漏れる。
 ここ最近、ずっとこんな調子だ。
 理由はわかっていても、自分ではどうしようもない。
「いやな空気だよね……」
 2重の意味を込めてぼやく。
 その1――最近、どうも『ここ』の空気が重い。
 『外』では雨が多い時期らしく、その影響じゃないかって話をしていたけど……『ここ』では雨が降ることなんてないので、私にはよくわからない。
 それよりも、その2――それ以上に、トゥクスに元気がない気がする。
 去年もこの時期は疲れてた気がするけど……多分、今年の方がひどい。
 特に何かがあるわけじゃなくて、単純に今ぐらいの時期が苦手らしいんだけど。
 心配することではないと思っていても、見ていて元気がないと、こっちまで落ち込んでくる。
 むしろ、私の方から盛り上げてあげないといけないんだろうけど……。
「この時期って、何かあったかな……?」
 盛り上げれるようなイベントでもあったかなと、記憶を辿る。
 少なくとも、去年は何かをした記憶は……ない。
「まぁ、結構手抜きしてたからねぇ……」
 そんなことを呟きながら、今度は『記録』を漁る。
 『ここ』に残される、日々の記憶の結晶。
 自分の記憶より確実な、思い出の欠片。
 その中で、少しだけ気になる単語を見つけた。
「七夕……?」
 7月7日。
 去年はその日が七夕だって聞いただけで、何もしてはいないんだけど。
 結局その日がどんな日なのかって事を、何も教えて貰ってもいなかった。
「……調べてみよっか」
 幸いにも『ここ』から探しに行けば、資料はいくらでも見つかる。
 その日がなんなのかはわからないけど、何かやれるかもしれない。
「たまには、私が動かないとね」
 呟いて、歩きだす。
 それは、私が初めて自分の力で動いた出来事だった。

 ――そして、調べ終わって帰ってきて――

「うー……頭痛い……」
 少し調べてきただけなのに、なんだか無性に疲れていた。
 普段は大抵トゥクスに聞けば大丈夫だったし、わからなくてもトゥクスが調べに行ってくれたから、自分でやったことはなかったんだけど。
「結構大変なんだねぇ……」
 大したことではないんだろうなとは思いつつも、しみじみと呟く。
「それで、結局なんだったっけな」
 後は、集めてきた情報を整理する作業。
 よくわからないけど、やたらと難しい情報ばかりだった気がする。
 大半が理解できていなかったりはするけど……とりあえず、理解できた部分だけを纏めると。
「年に1回だけ織姫と彦星がデートする日……か」
 細かい由来まではわからなかった――と言うより、いろんな説があるみたいだけど、この1点だけは変わりないらしい。
 祭りをしたりするみたいでもあるので、ちょうどよかったんだけど。
「1年に1回、か……」
 ふと、思う。
 織姫と彦星は、1年に1回だけでも、確実にその距離を埋めることが出来る。
 私は……トゥクスとは、毎日のように会っているけど。
 それでも――存在する場所は、決定的に違っていて。
「どっちが残酷なんだろうね……」
 ほとんど無意識にぼやく。
 口に出したところで何も変わりはしないのだけど。
 それに――どっちだとしても、多分、私は今のままで充分なんだと思う。
 それがいいことなのかどうかもわからなくても。
「……とりあえず、準備しよっか」
 少なくとも、今の私にできることはそれだけだった。


 こそこそと、資料を見ながら準備を進める。
 最低限、笹と短冊があればそれっぽくはなるらしい。
 他にも色々あるけど……そもそも、場所によって飾りが違ったりして、どれをやればいいのかよくわからない。
 あんまりやりすぎてもわからなくなるし、なによりトゥクスにばれやすくなる。
 ひっそりと準備する必要もないのかもしれないけど……なんとなく、びっくりさせてみたかった。
「ホントに、こんな事するの初めてだもんね」
 バレンタインの時にチョコを作ったりはしたけど、自分1人でなにかをやるのは今回が初めて。
 色々と大変ではあるけど、それ以上に、楽しい。
「んと……後はこの辺も『作って』……と」
 『ここ』の場合は、飾りを実際に『作り』ながら考えれる分楽ではあるし。
「……うん、これぐらいでいいかな」
 そうこうしながら、準備も終わって。
「後は当日まで隠して……か」
 その日を楽しみにしながら、その場所を離れた。


 流れていく。
 日々の生活も。
 溢れる想いも。
 時間と共に、風か――もしくは、川のように。
 だけど、天に流れると言われる川のように。
 そして、その川のほとりで出会う一組の恋人達のように。
 けして変わることのない想いを抱きながら。


 そして、当日。
 さっさと準備を済ませて、トゥクスを待つ。
「……うん、それっぽいよね」
 実際の七夕飾りを見たことはないけど……多分、大丈夫。
 それに、なにかおかしかったらトゥクスが直してくれるはずだし。
「頼ってばかりでもいけないんだけどね……と」
 そんなことを思ってる内に、トゥクスが来たみたいで。
「……そういえば、今日は七夕だったんだっけ」
 飾り付けを見ながら、立ち尽くしていた。
 そんな反応が嬉しくて、ついつい笑みがこぼれる。
「えへへ……どう? ちゃんと出来てる?」
「え? ああ……うん。これ、調べたの? そもそも、七夕だって事も……去年は何もしてなかったはずだし……」
 未だに驚きが抜けきっていない様子で聞き返してくる。
 こういうのも初めて見る光景で、見ていて楽しかった。
「何もしなかったけど、七夕だって事だけは聞いたから。後はなんとか調べて」
「よく覚えてたね……まぁ、ここで言ったのなら『記録』が残ってるだろうけど……」
「だって……さ」
 これだけは、なんとなく恥ずかしくて口ごもる。
 それでも、何とか口を開く。
「最近トゥクスが元気なかったから。なにか、盛り上げれるような事がないかなって」
「……そっか、ありがと」
 そう言って笑ったトゥクスは、本当に嬉しそうで。
「それじゃ、短冊もあるから。願い事を書くんだったっけ?」
「だね……と、書くこと考えてもいなかったけど」
「私は――」
 私も、色々考えたけど。
 今回のことで色々考えたりもしたけど。
 それでも――多分、私に願えることはそれしかなくて。

 いつまでも、トゥクスと一緒にいられますように。

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