Twinkle Chaos -03・バレンタイン-


「……バレンタイン?」
 聞き慣れない言葉に、首を傾げる。
「そう言えば、知らないんだっけ。まぁ、大した物でもないんだけど」
 その反応に若干苦笑しながら、トゥクスが説明をしてくれた。
「んー……元々は確か宗教絡みの話で、ちょっと記憶が曖昧だけど。今は女の子が男の子にチョコをあげる日、かな」
「チョコレート?」
「どうしてそんな日になったのかは、よく知らないんだけどね。ともかく、そんな日らしいよ」
 ……結構、曖昧な話ではあったけど。
 それでも、気になる日ではあった。
「それは、好きな人にって事?」
「基本的にはそうなのかな。でも、義理チョコなんて風習もあるし。結局、そのチョコにどんな意味を込めるかは、その人次第なんじゃないかな」
「そ……っか」
 呟いて、自分の気持ちを確認する。
 こうして改めて考えてみても、答えが出ることは少ないけれど。
 ただ――込めたい想いだけは、すぐに見つかった。
 だから。
「それで、そのチョコってどう用意するの?」
「え? 店で買ってくるか、自分で作るか……だけど」
 その質問に、疑問――と言うよりは不安そうな表情で聞き返してくる。
「渡す相手って、僕になるんだよね?」
「他にいないでしょ? さすがに、ここに来てくれる人全員にって訳にもいかないし」
 多分、言葉通りに『作る』のなら、それも可能なんだろうけど。
 それとは違う意味のチョコも作りたかった。
 もっと『特別』な、世界でたった1つの――
「それじゃ、作り方教えてね。ついでだから、手伝って貰おうか」
「それだと意味がない気もするんだけど」
 笑顔で言う私に、呆れたような顔で突っ込んでくるトゥクス。
「仕方ないじゃない。そんな事やったことないんだから」
 そう、料理――と言うのかどうかはともかく――はこれが初めて。
 『ここ』ではする必要がなかったのだから、当たり前なんだけど。
「はいはい……んじゃ作り方調べてくるかな」
 トゥクスが不服そうにしながら背を向ける。
「あれ? 知らないの?」
「僕がチョコなんて作る理由もないでしょ」
 言いながら、さっさと歩きだす。
「まぁ、すぐに戻ってくると思うから。そのまま待ってて」
「あ、うん……」
 そして、私の返事を聞くとすぐに視界から消えてしまった。
「……急いでる、のかな」
 よくわからない。
 そんな気はするけど……どうしてだろう。
 ただ単に早く終わらせたいからだという可能性もあるのだけれど……ただ、
「……笑ってた?」
 去り際の後ろ姿が、何となく楽しそうにも見えて。
 首を傾げて考えながら、そのまま立ち尽くして待っていた。

 実際、5分ぐらいでトゥクスは帰ってきたのだけど。

 トゥクスは帰ってくるなり、
「んと、チョコを溶かしてから型に入れて冷やす……で終わりみたいだね」
 と、一言で説明を終わらせた。
「……それだけ?」
「さすがにカカオ豆から作るなんて事は出来ないし。後はチョコを使ったお菓子って手もあるみたいだけど……」
「あんまり難しくなると、さすがにね……」
 一応初めてだから、あまり無理はしたくない。
 やっぱり、食べられる物にはしたいし。
「となると、それぐらいで丁度いいのかもね」
「だね……それじゃ、準備しよっか」
 やっぱり、さっさと作業に入るトゥクス。
 それでも、少なくとも嫌な顔はせずに手伝ってくれるようで。
「あ……うんっ」
 つい顔を綻ばせながら、私も準備に入るのだった。


 準備と言っても場所は『ここ』なわけで、キッチンらしき空間の構成から入るのだけど。
 その辺はトゥクスに任せて、私は後ろでボーっとしていた。
 手伝えるようなことでもないし、私の仕事はこれからだし。
 それに、こんな準備にはあんまり時間がかからないから。
 少しすると、立派なキッチンらしき空間が出来上がっていた。
「さてと、それじゃ始めようか?」
 振り返りながら、トゥクスが訊ねてくる。
「うん。えっと、最初は何から?」
 私もエプロンを付けたりしながら、トゥクスと並ぶように立った。
「えっと……まぁ、やることは溶かすだけなんだけど。とりあえず、チョコを溶かしやすいように細かく削って」
「了解〜」
 そして、やっぱりトゥクスが用意してくれたチョコを、流石にこれは自分で作ったナイフで削っていく。
 こういった作業自体は初めてでも、刃物の扱い自体は何故かそれなりに慣れていたりする。
 おかげで特に危なっかしいこともなく進められるんだけど。
「終わったよ。後は溶かせばいいんだっけ?」
 サクッと終わらせて鍋に移しながら、次を促す。
「うん。後は溶かすだけ……かな。温度調節が結構めんどくさいみたいだけど」
「……え?」
 その言葉を聞いて、動きが止まる。
 すでに全力で溶かすつもりで、火の準備をしていたりしたのだけれど。
「あんまり高温になると、分離しちゃうらしくて。大体50度以上で分離するみたいだから、40度ぐらいで止めるといいのかな」
「そんな温度調整、どうやってやるのよ」
 少なくとも、火じゃ出来ないと思うけど……。
 確かに『ここ』でなら低温の炎も作り出せるんだけど、そういう問題じゃなくて。
 ふと悩み込んでしまう私をよそに、トゥクスは説明を続ける。
「湯煎……要するに、お湯を使うわけだ。と言うわけで、鍋じゃなくてボウルに移して」
「……あ、そっか。了解」
 呆れるほど簡単な答を聞いて、削ったチョコをボウルに移す。
 もう1個ちょっと大きめのボウルを作って、そっちにはお湯を入れる。
 大体50度ぐらいのお湯で温めれば、それ以上の温度になることはないわけで。
「んと、これで溶かせばいいのかな?」
 念のため、溶かし始める前にトゥクスに確認する。
「大丈夫だと思うよ。あ、温度には気をつけてね。溶かした後に温度調節するから」
「了解……んじゃ、とりあえず溶かすね」
 温度調節と言うのも気にはなったけど、それは後でもいいようなので、とりあえず作業を始める。
 ちょくちょく温度を測りながら、ゆっくりと――ゆっくりと――

 ――しばらくすれば、全部溶けて――

「溶けた、かな?」
「うん、大丈夫そうだね」
「じゃ、次は?」
 溶けたのを確認してから、続きを聞く。
 温度調節とか言ってたけど――
「えっと、一旦27度ぐらいに冷やして、それからまた30度ぐらいまで上げる……だったかな」
「それって、意味あるの?」
「詳しいことはよくわからないけど、出来上がりの表面が綺麗になる、とかいう話だったかな。まぁ、何処に行っても書いてあったから、やっておくに越したことはないと思うけど」
「そうだね……」
 結局、どうなるのかはよくわからないけれど。
 言われるとおりに、今度は水を入れたボウルに入れて冷やす。
 相変わらず温度を測りながら――27度ぐらいまで冷えたら、またお湯を入れたボウルに戻して――
「……と、こんな感じでいいのかな」
 温度調整は、大体完了。
 うまくいったかどうかはよくわからないけど――
「うん、とりあえずは大丈夫だと思うよ」
 トゥクスも初めてだからよくわからないだろうけど、問題はなさそう。
「さて、後は型に入れて冷やすだけだね」
「うん……んじゃ、型を作らないと」
 言ってから、考える。
 そこに想いを込める事になるのだから。
 とは言っても、あまり変な形にしても食べにくいだろうし。
 ――形よりも、そこに込める想いの方が、重要な気がした。
「……ん、形はシンプルなのでいいか……やっぱり、ハート型?」
「……いや、いいけどね。早く作業した方がいいと思うよ」
 どこか疲れたような声を聞きながら、ハートの型を作って、溶かしたチョコを流し込む。
 後は、想いを込めながら冷やすだけ。
「それじゃ、後はそのまま冷やすだけだから、もういいかな?」
 冷蔵庫らしき物に入れるのを見届けてから、トゥクスが聞いてきた。
「そうだね……私は、ここで待ってるけど」
「そっか。んじゃ、僕は一旦『外』に戻るね」
 そう言って、再び背を向ける。
「うん。それじゃ、また後で」
 私も答えて、冷蔵庫らしき物の方に向き直る。
 ――多分、気を利かせてくれたんだと思うし。
 さすがに渡す時までずっと一緒にいるわけにはいかないから。
「それじゃ、後で」
 そんな声と、トゥクスが立ち去る気配を背中で受けながら。
 何度も、込める想いを繰り返していた。


 好きなのは間違いないけれど。
 多分、そういう意味じゃなくて。
 ただ、彼が居るから、私が生まれて。
 ここに来てくれることが嬉しくて。
 だから――

 特大の感謝の気持ちと、そして――

 これからも、ずっと一緒にいられますように。


「そろそろ、かな」
 しばらくしてから、チョコレートを取りだしてみる。
 すでにちゃんと固まっていて、型からも楽に外すことが出来た。
「じゃ、後はラッピングして……って、ハート型ってどうやって巻けばいいんだろうね?」
 普通にやろうとすると、どうしても形が歪になる気がする。
「……箱は四角にするかな」
 仕方ないので四角の箱に入れて、普通にラッピングをしてみた。
 飾り紙を作って、それで包んで――
「……なんか、変」
 何処をどう失敗したのかわからないけど、ちょっとごわごわしてる。
「……まぁ、仕方がないか」
 原因がわからないから、直しようがないし。
 それに――
「そろそろ、出来た?」
 トゥクスが戻ってきたから。
「何とかね。ちょっと見た目は悪いけど」
 答えながら、今さっき包み終わったばかりのチョコレートの箱を見せる。
「……不器用?」
「……ほっといて」
 実際にはそう不器用って事もないと思うんだけど。
 ……やり方を知らないだけで。
「でも、中身はちゃんと出来てたから」
「そっか……んで、貰っていいんだよね?」
 確認の言葉。
 ちょっとだけ悔しい気もするけど……それでも。
「うん……これからも、よろしくね」
 想いを、改めて言葉に載せながら。
「……はいっ」
 出来うる限りの笑顔で、そっと、チョコを手渡した。

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