Twinkle Chaos -03・正月-


「……ねぇ」
 目の前でボーっとしてるトゥクスに、声を掛ける。
「……何?」
 やや間があってから、ぼそりと返事が返ってきた。
「いや、もう年が変わってるんだけど……」
「そう? じゃ、あけましておめでとう」
「あ、うん。おめでとう……」
 なにやらさっきから反応が悪い。
 おかげで、私までどう返していいのか悩んでしまう。
「…………」
 その原因である張本人、トゥクスはさっきからぐったりとコタツの上に突っ伏していたりする。
 ちなみにコタツがあるのは、『そんな季節だから』とトゥクス本人が作り出したからだけど。
 そのコタツに入りながら、しかしあんまり気持ちよくは無さそうには見えない。
 むしろぐったりとしていると表現した方がよさそうな……って、え?
「……もしかして、体調悪いの?」
 ふと、そんなことに思い至る。
 ……1時間ぐらい前からいたのに、今頃気が付くかなとは思ったけど。
「んー……ちょっと、風邪気味」
 案の定、相変わらず突っ伏した状態からそんな言葉が返ってきた。
「そっか……まぁ、『外』は寒いだろうしね……」
 私も理由がわかって、ほっとする。
 風邪気味でほっとするって言うのもおかしな話だとは思うけど……それなら大したことがないってのも事実だし。
 ただ、私は風邪を引いた事なんてないから、どういう状態なのかわからないのが不安と言えば不安だけど。
 そもそも生まれてからまだそんなに経ってないし、それに――
(この場所じゃ、気温の変動なんてないからね)
 自分が風邪を引いていない理由を思って、ふと、『外』に思いをはせる。
 この『混沌』の『外』。
 私には、けして行くことの出来ない世界。
 トゥクスの目を通じては見てきたし、多分、こっちともそんなに変わらないんだろうとは思ってる。
 ただ、それでも――
 すぐ側にある、何よりも遠い世界は、強い憧れとして私の心の中にあった。
「いつか……行けるのかな……」
 叶わないとわかっている願い。
 それでも、願わずに入られない夢。
 口の中で小さく呟き、トゥクスの方に視線を戻す。
「…………」
「……寝てる、ね」
 聞かれたかな、と言う私の危惧もよそに、トゥクスはすやすやと寝息を立てていた。
「こんな所で寝てると、風邪が悪化するよ」
 とは言っても、寝顔を見ていると、ここから動かすのも躊躇われた。
「仕方がない……か」
 せめて毛布だけでも作り出して、かけてあげることにする。
「おやすみ……」
 なんとなく幸せそうな寝顔を眺めながら、いつしか、私もまどろみの中へ落ちていった。


 声が聞こえた。
 人々のざわめき。
 新しい年を迎えて。
 新しい気持ちで。
 新しい目標を探して。
 急に変われるわけではないけれど。
 変わることすら出来ないかも知れないけれど。
 それでも、1つの節目を迎えて。
 何もかもが新しくなれるような、そんな想いの、声だった。


 目を覚ますと、すでにトゥクスも目覚めていた。
 私が起きたことに気付くと、軽く笑って、
「おはよう。よく眠れた?」
 などと挨拶してくる。
「ん、まぁ……おはよう」
 適当に挨拶を返しながら体を起こすと、私の身体から毛布が落ちた。
 寝る前に、トゥクスにかけてあげた物。
 自分用には作らなかったから、間違いはないと思う。
「毛布、ありがとね。ティルがかけてくれたんでしょ?」
「風邪気味だって言うのに、こんな所で寝るからね」
 軽く言い返しながら、改めてトゥクスの顔を見てみる。
 そこにはもう昨日のぐったりした様子はなく、かと言って無理をしているようでもない。
「それで、風邪、大丈夫?」
 自分では大丈夫だと信じながら、訊ねる。
「まだ完全じゃないけどね。だいぶ楽にはなったよ」
 トゥクスも一瞬、わざとらしく顔をしかめて見せたけど、すぐに笑顔に戻った。
 それだけの余裕があるって事はまぁ、大丈夫なんだろう。
 風邪は1日寝ただけで治るようなものじゃないっていう知識はあるから、多少心配だけど。
「さて、それじゃ初詣にでも行こうか?」
 そんな私のちょっとした心配を吹き飛ばすように、笑顔で言ってくる。
 だと言うのに、私だけが心配していても仕方がない。
「そう……だねっ」
 敢えて大きめの声を出しながら、立ち上がる。
 それが仮初めでも、元気になれるように。
「元気だね……」
「トゥクスが元気ないんでしょ?」
 少し呆れたような声を出したトゥクスに、いつものように言い返しながら。
 神社に着いたら、何を願おうか……そんなことを、考えていた。


 今年もずっと、トゥクスといられますように。
 そして――いつの日か、『外』に出られますように。

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