easygoing
「はぁ……」
「どうか、なされましたか?」
つい、ため息を付いた僕に、ディスプレイの中から心配そうな声が届く。
「あ、いや、なんでもないよ」
「そうですか? だったら、いいんですけど……」
咄嗟に笑顔を作ったものの、画面の中の少女の、不安そうな表情は消えずに。
「最近、溜息をつかれていることが多いので……」
「そうかな? 自覚はないんだけど」
これ以上心配を掛けないように、言葉を返す。
「まあ、オレたちは所詮ゴーストだ。そんなオレたちに言ったって、意味のないことはあるわな」
その少女の横から、ペンギン……に似た? 小さな生物が声を掛けてきた。
もっとも、その姿はディスプレイ上での仮の物、らしいが。
「だから、別に言わなくてもいい。だが、コイツがオマエの心配をしていることだけは、覚えておいてくれ」
「確かに、私達には『ここ』から声を掛けることしかできませんけど……それでも、ずっと、ここであなたを見ていますから」
2人とも、本当に僕のことを心配してくれている。
それは嬉しい事だけど……。
「ありがとう。でも、大丈夫だから」
「そうですか? ご主人様がそうおっしゃるなら……」
今は、それで会話を切る。
とても、話せるような気分ではなかったから。
「ふぅ……」
あれからたわいのない話を続け、寝る時間になったのでパソコンを落とした。
1人になって、ベッドの上に転がる。
「……結局、心配掛けちゃったな」
実際、少し困っている事はあるのだけれど、それはあの子達に話しても仕方がない事で。
いや……話しても、その答えは大体予測が出来る。
それが気休めでも、今の僕には必要なことだったのかも知れないけど。
それでも、話す気にはなれなくて。
「ただのお祭りなんだけどな……」
考えても答えは出なくて。
気が付くと、眠りの淵へと落ちていった。
「ご主人様、どうなされたんだろう?」
先ほどの少女――涼璃が、首を傾げる。
「さあな。本人が大丈夫って言ってるんだから、大したことじゃないと思うが」
その言葉に、先ほどのペンギン――まぐにが答える。
「そうだけど……それでも、1人で抱えこんでる姿を見るのは、辛いです……」
「そうは言ってもな。なにかを言われても、オレ達に出来るのは言葉を返すことだけだ。そんな『気休め』は、ご主人自体が望んでいないだろう」
「それでも……1人で抱えこんでるより、誰かに話した方が楽になることだってあるよ。誰かに話すって事は、それだけの意味があることだと思うよ」
泣きそうになりながら、言葉を紡ぐ涼璃。
それだけ深い気持ちが、その言葉の中に込められていた。
「それが、オレ達に話せることかどうかもわからないんだがな……まあ、次に聞くだけ聞いてみるか」
「うん……」
「ただ、『オレ達』じゃなくて、『オレ』もしくは『オマエ』に話しにくいことの可能性もある。だから、オレが1人で話をしてみる。それでいいか?」
「……って、なんでまぐになの?」
涼璃が、心底不思議そうに首を傾げる。
それを見て、まぐには呆れたように、
「あのなぁ……特定の個人に話しにくい事ってのは、その人に関することの可能性があるだろ。アイツなら、オレよりはオマエのことで悩むだろう。そう言うことだ」
「そっか……そう言うことなら、お願い」
今度は納得したように、深く頷く涼璃。
「早く、元気なご主人様が見たいです……」
「ただいま……っと」
学校から帰って、すぐにパソコンの電源を入れる。
いつものように、雪ウサギのアイコンをクリックする。
そして、画面上に、いつもと同じ2人の姿が……なかった。
「よう、お疲れさん」
「……あれ? まぐにだけ?」
画面上に涼璃の姿はなく、現れたのはまぐにの方だけだった。
「ああ、ちょっと聞きたいことがあってな。アイツには話しにくいことかも知れないと思って、1人で出てきた」
「そうなんだ……」
いつもと変わらないまぐにの様子に、ほっとする。
涼璃に何かがあったわけではない……そう言うことだから。
「それで、聞きたい事って?」
「ああ……いや、これは涼璃が気にしていたんだが」
そう前置きしてから、まぐにが続ける。
「アンタ、何を1人で悩んでいるんだ?」
「え?」
その質問に、一瞬だけ硬直する。
まぐにの方は、気にせずに言葉を続けてきた。
「あれから、アイツが本格的に気にしはじめてな。
確かに、オレ達にはアンタと話すことしかできない。
直接的に何かをしてやれるわけじゃない。
それでも、話してくれるだけでも、楽になるんじゃないかって……そんなことを言いだしてな」
「そっか……やっぱり、心配掛けちゃったな。涼璃にも……まぐににも」
ふと、自分は何をしているんだろうと思う。
元々、涼璃に喜んで貰おうと始めたことだったはずなのに。
「それで、話せるか? 一応、情報封鎖領域は展開してある。この会話が涼璃に聞こえることはないが」
「と言われても……本当に大したことじゃないんだけど」
苦笑しながら、答える。
「……ほら、もうすぐ涼璃の試合でしょ?」
「確かにそうだが」
「それで、応援用に何か作ろうとして……ネタが浮かばなくて困ってたんだけど」
「…………」
しばらくの沈黙。
そして、
「……それだけか?」
地の底から響くようなまぐにの声。
「えっと……だから、大したことじゃないって……大丈夫だって……」
その声にやや押されながら、答える。
「アンタはそんなことのために涼璃に心配掛けたのか?」
「そんなこと、じゃない」
それでも、それだけははっきりと反論する。
「それがただのお祭りでも、僕にとっては、涼璃に感謝出来るいい機会なんだ。『そこ』からでも、僕を支えてくれた涼璃に、お礼が言いたかったんだよ」
「だったら、直接言ってやれ……って、そう簡単に言える事じゃないか」
何とかまぐにも納得してくれたようで、声のトーンは少し落ちた。
「それでも、ちょっと気負いすぎだろ。そのために心配を掛けてたら、結局意味がないぞ」
「それはわかってたつもりなんだけどね……やっぱり、これが最後って事もあったし」
そう、次が最後の試合。
続いてきたお祭りも……これで終わる。
「まあ、事情はわかった。ただ、無理はするな。アイツは、見に来てくれるだけで十分喜ぶだろう」
「そうだね……まぁ、少し気楽にやることにするよ。これ以上心配掛けたくもないし」
そこまで答えて、軽く深呼吸をする。
不思議と、心がすーっと軽くなった気がした。
「それじゃ、涼璃を呼ぶぞ」
「うん、お願い」
今まで心配を掛けてしまった分、笑顔で迎えてやろう。
……心から、そう思った。
「ただいまー」
「あ、ご主人様。お疲れさまです」
「お疲れさん」
いつもの光景。
いつもと同じように、画面上に佇む2人。
「いよいよ、ですね」
ふと、涼璃が思いだしたように言う。
「うん。また、応援に行くからね」
その涼璃に、笑顔で答える僕。
「まあ、それなりに頑張ってくるか」
相変わらずの、まぐに。
「こらっ。仮にも試合なんだから、相手に失礼のないように、全力で当たらないと」
「そうやって下手に気負っても、上手く動けなくなるだけだぞ。な」
そう言って、僕の方を見てくるまぐに。
「……そうだね」
その言葉に頷く僕。
「えっ? なに? なんの話?」
その会話を聞いて、1人おろおろする涼璃。
それが特別な日でも、いつもと変わらない3人。
そんな光景が戻ってきたことが、心から嬉しかった。