初雪


 原因は、些細なこと。
 ホンのちょっとのすれ違い。
 ただ、それだけのはずだったのに。
 その『ホンの少し』が、降り積もって――


「……ホント、何してるんだろ」
 呟いて、空を見上げる。
 分厚い雲に覆われた空は、どことなく重い感じで。
 今の私にはちょうど良いかななんて、自虐的に思ってみる。
「ああでも……だって……だから……ねぇ?」
 意味のない単語が、口の中で小さく踊る。
 さっきからずっと、こんな事の繰り返し。
 自分で原因までわかってるから、余計に質が悪い。
「ふぅ……」
 1つ、大きな溜息。
 ここで悩んでいても仕方がない。
 それだけは確か、だけど。
「……なんか、寒い」
 無意識について出た言葉。
 そのまま、自分の体を抱き締めるように座り込む。。
 今はまだ、動ける気がしなかった。


 かけられなかった言葉。
 届けられなかった想い。
 降り積もったそれらは、とても重たくて。
 押しつぶされない様に、その場に降ろす。
 ただ、そのまま置いていくことも出来なくて。


「……?」
 鼻先に、冷たい感触。
 顔を上げても、そこには何も見えない。
 見えない……けれど。
「なんだろ、懐かし、い?」
 目を凝らして、空を見上げる。
 さっきと変わらない曇り空。
 その中で、微かに。
 視界を遮る影が見えた。
「え?」
 疑問に思ったのも束の間。
 反射的に伸ばした手に、白い欠片が触れた。
 そして、何事もなかったかのように消えていく。
「雪……?」
 見上げたままの視界には、同じ曇り空が残って。
 同じ影は、すでに見えなかった。


 遠ざかる残影。
 流れていく風景。
 1瞬の出来事。
 まるで走馬燈のように、次々と。
 いつか過ごした時間が、蘇る。


「初雪、かな」
 空に向けて伸ばした手は、そのままで呟く。
 いつかと同じ姿勢。
 そして……そのいつかより、寂しく。
「あの時は、アイツがいたんだっけ」
 いつか、横にいたはずの人。
 今も、横にいるはずの人。
 それがいないだけで、なんとなく、泣きたくなって。
「……ああもうっ、行けばいいんでしょ? 行けば」
 半ばやけくそ気味に叫んで、歩きだす。
 それまでにあった事なんて、すでに忘れている。
 だから、心構えもなにもない。
「想い出になんて、してやらないんだから」
 小さく呟いた言葉は、自分の耳にすら入らなかった。


 時間はひたすらに過ぎて。
 何も残ることなく、溶けて流れていく。
 そんな1瞬でも、それを集めて、固めてしまえば。
 ずっと、覚えていられるだろうか。


 どんな道を歩いただろう。
 どんな風景を見ただろう。
 気に留めることもなく、ただ、歩く。
「だから……だって……ああもう……うー」
 相変わらずの、意味のない単語達。
 だけどもう、重い感覚はしていなかった。
 ただ、会いたいとだけ思う。
 それだけで、体が勝手に動いている。
「……うんっ」
 大きく頷いて、顔を上げる。
 ずっと変わらない曇り空でも、今はなんとなく、祝福されている気がした。
「行くよっ」
 目指す場所まで、後少し。
 今はただ、前を見て進もう。

 再び舞い降りてきた欠片に、気が付くこともなく。


 想いは、いつまでも降り積もるけれど。
 嫌な想いはそのまま溶かして。
 大切な想いだけを集めて固める。

 まるで、雪遊びのように。

 そうすれば、きっと、楽しいから。

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