落葉


 その日は、風が強かった。
 そこら中を踊る、枯れ葉達。
 一斉に舞うその姿は、何故だか、少し寂しく見えた。
 終わってしまった物、だからだろうか。
 こすれ合う音が、静かに響く。
「今年は、あんまり綺麗じゃないね」
 静寂を破るように、彼女の呟く声がした。
 その視線の先は、枯れ葉より上へ。
 まだ樹々に残っている葉っぱ達。
「そうだな……」
 つられて見上げた先には、静かな風景画。
 突き抜けるような青を背景に、茶色の線を重ね。
 その樹々を彩るのは緑ではなく、黄色や赤色。
 今は、そんな季節。
 様々な色に染まった葉で、パーティーのように飾り付けられる。
 ただ……今はどこか、くすんだ様な色にも見えた。
 中途半端に、染まりきれていない。
「天気、おかしかったもんね」
「ホントにな」
 季節とすれば、秋も終盤。
 すでに暑さは薄れ、冬に向けて冷え込んでいく時期。
 なのに、つい最近までずっと、夏の熱が残っていた。
 1週間ぐらい前に大雨が降って、それから急に寒くなってきたけど。
 いつものこの季節とは、どこか違った天候だったのは事実。
 樹も、戸惑っていたんだろうか。
 黄色に染まりきれず、かと言って緑に戻れるわけもなく。
 役目を果たせずにまだ、樹に残り続ける葉っぱ達。
 見ようによっては、無惨にも映る。
「ちょっと、寂しいかな」
「あんまり、秋だって気がしないもんな」
 そう言いながらも、少しだけ、体を震わせる。
 風の冷たさだけは、すでに冬を感じられて。
 やっぱり、どこかちぐはぐな空気。
「もう、かなり寒いんだけど、ね」
 地方によっては、雪も降り始めたんだろうか。
 この辺りでは、雪にはもう少しかかるはずだけど。
 今にも降り出しそうな雰囲気が、ひしひしと伝わってきて。
 まるで、季節を1つ飛ばすように。
「でも、まだ秋、だよな?」
「そのはず、だよ」
 飛ばされた季節を、惜しむ余裕もなく。
 今年の秋は、すでに足跡になっていた。。


「んー……と」
 ふと、横を見ると、一生懸命に背伸びをしている姿が目に入った。
 その先で伸ばした手は、空を切っている。
 それでも諦めずにぴょこぴょこと飛び跳ねる光景は、滑稽としか言いようがない。
「ほら……よっと」
 思わず笑いたくなるのを堪えながら、後ろから支えてやった。
「あ……うん、あ、ありがと」
 少しどもった返事を聞きながら、小さな体を持ち上げる。
 目指す物を、掴み取れるように。
 そして、その手が木の枝に触れた。
「よ……っと、ありがと」
 乾いた音と共に、折られた枝先。
 それを片手でしっかりと掴みながら、もういいよと合図をくれる。
「……で、何がしたかったんだ?」
 支えていた体を降ろしながら、問いかける。
 折られた枝先は、元の樹の縮図のようで。
 今、折られたことも含めて、痛々しく見えた。
「えっと……供養、かな?」
 そう答えながら、彼女がしゃがみ込む。
 そして、落ち葉の下の土を集めだした。
 自分の手が汚れることは、気にもせずに。
「供養?」
 聞き直す間に、小さな山が出来る。
 そこに、さっき折った枝をまっすぐに立ててから、固める。
 手を放しても、枝は倒れない。
「うん……この葉っぱ達も、残念かなって思って」
 答えながら、今度は近くの落ち葉を集める。
 やっぱり、あまり綺麗な色には見えない落ち葉達。
 枯れてしまえば、差は少ないのかも知れないけど。
「墓標、か?」
 ふと、思いついて呟く。
「うん……」
 返ってきた答えは、肯定。
 そう思えば、そう見えないこともない。
 心半ばにして落とされた、葉の供養。
「これで少しは、無念も晴れればいいんだけど」
 そう言って、力無く笑う。
 本当に、寂しそうな笑顔。
「そう、だな」
 樹の無念、落ち葉の無念なんて、わからない。
 だけど、そう答えるしかなかった。
 そんな風景の中にいたんだから。
 やがて、落ち葉が枝の周りを包み込む。
 これで、完成。
「それじゃ……」
「……うん」
 2人で、静かに祈る。
 これで、少しは救われるようにと。


 目を閉じれば、聞こえるのは風の音。
 かき回される葉っぱ。
 こすれあう樹の枝々。
 全部が全部、囁き声のようで。
 何かを話しているんだろうけど、それは僕には届かない。
 だけど、それでいいんだと思う。
 僕達に出来ることは、ここまで。
 想いは、完全には伝わらないだろうけど。
 だからこそ想える気持ちもあるのだから。
 後は、それが感謝であってくれることを願うだけ。
「……ふぅ」
 ゆっくりと、目を開ける。
 ちっぽけな境界線。
 それを超えて、いつもの風景が戻ってくる。
 囁き声も、もう聞こえない。
「……ありがとう」
 横から聞こえた、別の囁き声。
 こっち側の言葉。
 その言葉も、向こうに届くはずはないけれど。
 その想いだけは、少しだけでも、伝わったはず。
「じゃ、そろそろ行くか?」
「うん、そうだね」
 答えて、背を向ける。
 目の前に広がるのは、相変わらずの寂しい風景。
 ゆっくりと流れる、僕達の世界。
 少しだけ、時間は歪んで感じるけれど。
 これからもまだ、終わりに向かって進み続けるのだから。

 少し歩いた先で、一度だけ振り返る。
 寂しげな墓標。
 枝先に残っていた葉が、また1つ宙を舞う。
 いつかは崩れてしまうだろう、小さな足跡。
 小さな僕達と、同じに。
 だからこそ。
(いつか……いや、絶対に)
 心の中で呟いて、その場を離れた。

(もう一度、生まれ変わって)
(また、春に逢おうな)

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